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21年、3400種。誰も到達していない前人未到の領域へ――ミネラルウォーター大全が歩んだ軌跡

ミネラルウォーター大全の為に購入したバイク SUZUKI ST250Eタイプ オレンジ 筆者からの通知

既にミネラルウォーター大全の方でも書いた事があるのだが、改めて詳細版の方でも、ミネラルウォーターに関わるようになったきっかけと、ここまで続く理由・今後の意気込み等を書いてみたいと思う。水好きを拗らせた結果、21年間で3400種以上のミネラルウォーター・水製品を入手する事になった。しかし、その始まりは多くの人とは少し違う。

好きだから――が理由では無かった。

【この記事の3行まとめ】

  • 始まりは2005年の初夏、中学鋼の時の同級生の家に泊まった時の会話からだった。
  • 醤油、味噌、豆腐の「3度の大失敗」を経て、運命的にミネラルウォーターへと行き着いた。
  • 21年以上走り続けた今、1,100種のリライトという新たな挑戦を経て、一生活動を続けてしていく。

第1章:始まりは2005年 ある週末に友人宅で

始まりは2005年の初夏。

きっかけは、その頃に週末よく遊んでいた中学の同級生の家に泊まった時の、何気ない会話からだった。

「そう言えばお互いブログをやっているけども、1つの題材でそれぞれが感想を書いたりする企画をやらないか?」と言うコラボのような提案からだった。

夕食を買いに行くついでに、スーパーマーケットで何かないかと売り場を探した。

最初に“これはいける!”と思ったのが醤油だった。沢山の種類が売られていたし、紙に包まれてかっこいい製品もあったし。

ただ、それは直ぐに続けられないとわかった。

なぜなら、しょっぱいから。

小皿に数滴たらして味わうみたいな事を試してみたのだが、数種類やった所で、これはしょっぱい、身体に悪過ぎると気づいた。

それに、意外と単価が高い物があり、面白いからとどんどんかごに入れて行ったら、1万円近くになってしまった事も駄目な要因の1つだった。

あっさりと醤油企画はボツになり、次の題材を探す事になった。

繰り返される過ち、精度を欠いた題材選び

スーパーマーケットでウロウロしていると目についたのが味噌

だがそれもすぐに続けられないとわかった。醤油と同じ理由だ。

スーパーでカゴに入れている時に気付け!と、自分で自分に喝を入れたくなったが、テンションが上がっていたからだろうか、その場では同じ過ちを繰り返している事に気付かなかった。

味噌も没になり、再び題材選びが始まった。

次に目を付けたのが豆腐だった。豆腐は種類も多いし、リーズナブルなものから、意外と値段が高い物まで色々な製品があり、面白そうだと思った。

それに、2度の間違いで学んだ、身体に悪そうな食材でもない事が決定の理由となった。

早速豆腐を食してレビューをする事を始めてみたが、これがなかなか辛い。

最初の1丁2丁は良いのだ。豆の甘みがどうのこうの、滑らかな舌触りがどうのこうの、評する余裕があったのだが、段々とお腹が膨れてきて、最後の方はどんな味だかすらわからなくなる。

なぜそんな事になったかと言うと、毎週遊ぶ事ができる訳では無いから、遊べる時は一気にやろうという気持ちが働き、10丁位買ってしまうからだ。

それに、味の違いを知りたいからと、味付け無しで食べるのも厳しかったし、無駄を作りたくないから、全て食べきるのもなかなか辛かった。(そのあたりは不正もせず真面目にやっていた)賞味期限が短いというのもマイナスポイントだった。

豆腐は数回続けられたが、限界がきて中止せざるを得なかった。

お互い3度の失敗を経て、何の為にやっているのかわからなくなり、次第に面倒くさいなと言う気持ちが芽生え、企画自体が消滅してしまいそうな雰囲気が漂ってきた。

それでもやめなかったのはなぜだろう。正直わからない。

第2章:運命の出会いと、凍える25本ノック

デジタル環境そして運命の日。

多少うんざりした気持ちを抱えながらも、新たな題材を見つける為にスーパーマーケットへ。

そこで偶然目にしたのがミネラルウォーターだった。

ミネラルウォーターなら賞味期限が長いし、身体に悪くないし、いざと言う時には様々な用途で使える。そしてその頃(2005年)には、今よりも多くの製品が売り場に並んでいたような気がする。生活範囲内の店舗で探すだけで、すぐに100種を超える製品を入手できてしまった。

「これはいける!」と言う根拠のない確信が2人の背中を押した。

その頃にはまだスマホが無いから、大体月に1度か2度のペースで土曜日に友人宅へ泊り、夜に飲んで感想をメモするという形になったのだが、1回に何本飲めばいいのかわからない。どんどん製品は見つかっていくから、早く飲まないと友人宅がミネラルウォーターだらけになると言う事で、何となく決めたのが25本

それは何も知らないからこそ決められた数字だった。

殆どが500mlサイズだったから25本で12.5L。それを2人で夜の内に飲むのだから大変。単純計算でも1人6.25L飲まなければならず、2Lボトルがある時はそれ以上だった。

当然トイレは近くなる。

それに、スマホがある時代では無かったから、感想やデータを手書きで紙に書いていたのだが、多量の水を短時間で飲むと、真夏でも寒くて震えるという事がわかった。メモするのに持っていたペンが震えで書く事ができないなどと言う事も体験した。

後日、水ばかりを一気に飲んで亡くなったアメリカの発のニュースをみて怖くなり、その次から軽く塩を舐めたり、本数を少し減らすようになった。

私は平気だったが、友人は朝起きるとかなりむくんでいる事があり、これは結構危険なのではと気づいたのも、本数を減らした理由の1つになった。

コラム:初期の記憶に刻まれる4つの名水

友人との合同企画を始めるまで、私はエビアン以外の外国産ミネラルウォーターを飲んだ事がなかった。だからこそ、企画のごく初期に出会った海外の水たちには、「こんなに沢山の製品があるのだ」という強烈な驚きがあった。その中でも、特に印象に残っている4種を紹介したい。

① Volvic(ヴォルヴィック / フランス産)
企画の本当に一番最初に飲んだミネラルウォーター。手探りで始め、何が何だかわからないまま飲み始めた運命の1本であり、今でもずっと忘れることはない。

Volvic(ヴォルヴィック / フランス産) 2005年撮影 ミネラルウォーター大全の記念すべき1本目

② Valvert(ヴァルヴェール / ベルギー産)
当時、ゴン中山(中山雅史)さんがCMに起用されていた。「ヴァルヴェールおぼえたかな?」という印象的な台詞を、今でも鮮明に記憶している。

Valvert(ヴァルヴェール / ベルギー産) ゴン中山(中山雅史)さんがCM

③ WATTWILLER(ヴァットヴィレール / フランス産)
当時、その友人とたまに訪れていた卓球場に設置されていた自動販売機で売られていた。激しいプレーの合間に、汗をかきながらよく購入して飲んだ思い出の味だ。

WATTWILLER(ヴァットヴィレール / フランス産) 卓球場の自販機で購入

④ GEROLSTEINER(ゲロルシュタイナー / ドイツ産)
硬度が高い天然炭酸水。企画を始めた頃はまだビン入りしか売っていなかった。時が過ぎてペットボトルでの販売が開始されたが、「やはり炭酸水はビンに限るな」としみじみ思ったことを覚えている。

GEROLSTEINER(ゲロルシュタイナー / ドイツ産) 硬度高めの炭酸水 ビン入り

最初の頃の画像は酷いの一言。
デジタルカメラの性能が低い事もあるのだが、取り敢えず撮っておけばいいのでは?わかればいいのでは?という気持ちが強かったのだろう。ミネラルウォーターへの愛が無かった頃だから、それは当然なのかもしれない。中には撮影している製品もあるのだが、殆どはラベル正面のみだったのが悔やまれる。
なぜだか自分でも分からないのだが、製造者・販売者の名前を載せる事が、特定の会社を宣伝するような感じで嫌だった事が原因だろう。製品の姿形だけではなく、製造者・販売者情報がわからなくなってしまったのが今となっては後悔しかない。この時の「猛烈な後悔」があるからこそ、今の詳細版ではボトル全面、キャップ、そしてペットボトルの底までを執拗に記録するスタイルへと繋がっていくのだが……それはまた、もう少し先のお話。

第3章:友の卒業と、一人で始めた「ミネラルウォーター大全」

環境そして大きな転機を迎える。

200本くらい飲んだ頃だったか、友人から“ここらへんで終わりにしたい”と相談を受けた。なるほど、何の為にやっているのかよくわからないコラボ企画だったから、そりゃそうだと思った私は快諾した。

だが、買い集めた製品がまだ多く残っていたし、せっかく200種位まで続けたのだからと、友人にも“いつでも戻ってきていいから”と、ブログのID・パスワードを伝えて作ったのが、FC2(無料版)で始めたミネラルウォーター大全だった。

友人と私は元々歴史や旅が好きで、あちこち出かける関係だったから、今後も出かける度に水を探す事は協力してくれるし、寧ろそれは楽しいと言ってくれたから、その後もどんどん製品は見つかって行った。

定期的に難しいのはブログの更新ペース。

1人になっても無茶をし続けたら、さすがに直ぐ嫌になると思ったが、とにかくその頃は新種が見つかっていたから、油断しているとすぐに部屋が水製品だらけになり、身動きが取れなくなると言う事で、毎日1本を紹介する形で落ち着いた。

夜に2人で25本よりははるかに楽だが、考えてみて欲しい、ミネラルウォーターが好きで好きでたまらないという人間が始めた事では無いのだ。1人になった段階でもまだ好きと言う訳では無くて、作業的に製品を購入して更新する状況だった。

300種の壁と、やめる一歩手前での奇跡

1人になって暫く時が経ち、だんだんと新種を見つける事が困難になってきた。その頃は今のように1本を得る為に新幹線や飛行機に乗ったりしなかったし、非効率的な動きを楽しむ余裕も無かった。

300種に到達するかどうかと言う段階で、“そろそろ終わりかも”みたいな連絡を入れた記憶がある。このあたりで十分だろうという気持ちだった。

やめた所で後悔は無かったし、仕事でもないし、何の契約も結んでいない状態だから、誰にも迷惑をかけないのもわかっていた。十分にやったとすら思っていた。

だが、物語はそこで終わらなかった。

私をやめさせないように何かが導いたのか?と、宗教心の無い私ですら思ってしまう絶妙なタイミングで、メディアからの取材が入ったり、製造・販売会社からの工場見学のお誘いや、展示会へのお誘いが入ったりしたのだ。

特にメディアからのお誘いには驚愕した。なぜなら今と違って、ただただ継続していただけで、例えばイタリアの水ならパスタに合うだろうや、アメリカの水ならハンバーガーに合うだろうみたいな感じの、いい加減なコメントも多かったからだ。いたずらなのでは?とさえ思ったほどだ。

メディアの取材を受け、実際に媒体へ私の活動が載ると、周囲の反応も変わってきた。

特に驚いていたのは伯父だった。それまでは“変わった事をする奴だ”みたいに思われていたのが、日経新聞(最初に受けたメディアの取材)に載ったらがらりと意見が変わったのが可笑しかった。確か夏休みの水に関する記事で、1週間特集の1日だけみたいな感じで、扱いはそれほど大きくなかったが、確かに私の名前が載っていた。

展示会も生涯初めて参加する事になり、様々な会社の人と名刺交換などしたりした。ちなみに色々声がかかった時点で、ブログ専用の名刺を作った事は、自分の中でも良い選択だったと考えている。

第4章:覚醒、「弥生の舞」と三位一体の旅路

初めての工場見学も衝撃的だった。声をかけて下さったのは今でも営業を続けている、山梨県大月市にある真木温泉で温泉宿を営んでいる方で、弥生の舞と言うpH10.2の個性的で、しかも激レアな製品を製造している小規模な工場だった。

小規模だけに細かい所まで見せてくれたり、様々なエピソードを交えた話を聞く事が出来たのが良かった。弥生の舞で淹れてくれたコーヒー(普通のレギュラーコーヒー)は、後味がスッと消えるようにすっきりしていて、「水1つでここまで変わるのか」と驚愕した事も記憶している。工場見学の最初が大きな工場で無かった事は、恐らくとても良かったと考えている。

メディアからの取材・工場見学・展示会への参加、この辺りから私の意識は確かに変わった。

元々日本の歴史や駅が好きで、遠くまで行って細かく何かを見てくることを楽しんできた人間だから、そこにミネラルウォーターが加わっても、楽しい事に1つ増えるだけと言う感じだった。

目に留まった「歴史・駅・ミネラルウォーター」は、旅に出さえすれば全て楽しむ事が出来、大変効率が良い事にも気づいた。

このあたりから私の水への関心は、ただただブログの為に継続していたという存在から、明確に好きという存在に変わっていく。

好きになると私は極端だ。犠牲を犠牲と思わなくなる。長時間移動・睡眠時間を削る事などが平気になる。むしろ積極的にそうする事で情報を集めたり、体験・経験を得ようとする。

水のためだけにバイク購入を決断した

ミネラルウォーター大全の為に購入したバイク SUZUKI ST250Eタイプ オレンジ

2012年7月、私は一つの大きな決断をした。ミネラルウォーターの製品捜索や、湧き水・製造工場、水スポット周辺を縦横無尽にウロウロするために、専用のバイクを購入したのだ。

購入にあたって、私が考えた条件はいくつかある。

  • スピードは出なくていい
  • デザインはどうでもいい
  • 燃費が良く、タンク容量は大きめで、丈夫である事

色々探しているうちにたどり着いたのが、SUZUKI ST250Eタイプだった。

デザインなどどうでも良いと思ってバイクショップに行ったけども、実際に見ると大好きな色であるオレンジ、250ccなのに少しボリュームがあるフォルムが気に入った。エンジン始動にセルとキックの両方を使えるのも良かった。

バイクを購入してからと言う物、湧き水・ローカルな店巡りが大いに捗り、製造工場周辺のチェックも盛んに行った。

夜が明ける前に出発し、渋滞を回避しつつ7時までには山梨県に着き、渋滞を避けつつ早めに帰ってくるみたいな事を毎週やっていた。中央高速道路が好きで、大月インターチェンジで高速をおり、西に向かって甲州市や山梨市を経て秩父に向かったり、南下して都留・西桂・富士吉田を経て鳴沢や御殿場に向かったりする、様々なルートを開発していった。

【家族に怒られた、2年連続の山口徹夜・狂気ルート】
2年連続で東京から山口県の岩国市まで徹夜で走るという、無茶な事をして家族に怒られた事も懐かしい。全てのパーキングエリア・サービスエリアのミネラルウォーター販売状況をチェックしたかったからだ。・1年目の往路は中央道から山陽道を通った。
・1年目の復路は中国道から東名道を通った。
・2年目の往路は東名道から中国道を通った。
・2年目の復路は山陽道から中国道を通った。なぜそんな事を?と思う人もいるだろう。上記のルートを走れば、上下全てのパーキングエリア・サービスエリアによる事ができるからだ。そこまでやらないと意味が無いと考えた。当時、徹夜で岩国へと向かう道中、高速道路の料金所で料金を支払うリアルなシーンをYouTubeに投稿している。水のためだけに走り続ける執念が詰まった、今見返しても狂気を感じる記録だ。

ただ、単気筒だったから振動が結構強く、徹夜で山口まで行った話をバイクショップでしたら、最初嘘だと疑われたのが可笑しかった。それくらい無茶な事をしたんだと改めて感じた。

今も変わらずなのだが、知る事に対し身体を張る事を全く苦にしなかった。

何だかんだで10年ほど使い倒し、最後は動かなくなって引き取って貰った。もう一度バイクを購入する事があれば、同じバイクを選んでしまうかもしれない。その時に市場に出回っているかどうかはわからないが。

12kgを背負う日々、精度を高める旅路

行動範囲はどんどん広くなっていった。それまでは生活範囲+アルファだったし、旅先で製品を見つけても、「重いから今回は諦めよう・・・」みたいな感じの、今では考えられない選択をしたりしていたが、迷わずどんなに重くなっても持って帰ると言う決断を、当たり前に下すようになった。

リュックに7キロ、他のカバンに5キロ、合計12kgみたいな状況で旅先から帰ってくる事はしょっちゅうだったし、あまりにも現地で購入した製品が多過ぎて、現地から大箱を宅配便を利用して送るなどということもあった。カバンが重すぎて、リュックを下ろした後に、ショルダーベルト部分に内出血ができていた事も珍しくなかった。

新種はどんどん見つかっていき、ブログでの紹介数も順調に増えていった。水に詳しい方に会った時、それまで適当にプラスチックのカップで飲んでいたのだが、グラスに変えた方がいいと言われ、そうしたのもその頃だった。

水関係の知り合いも増え、工場見学・湧水探訪・水好きとのお話など、それまでとは違った活動も増えてきた。

何より、ブログはこんな感じで書いていくと言う、明確な形が出来たのが大きかった。画像・成分・製造者販売者情報・私の感想みたいな感じで。

とくに製品紹介数の目標みたいなものは無かったが、当時は600種を紹介しているサイトがあったから、それは超えてやろうと言う気持ちになっていた。600種とは言っても、サンプルを募っている形で運営されていたから、ほぼ1人でやっている自分とは違うスタイルだったが、取り敢えずの目標にした。

それはあっさり超えてしまった。ただ続けているだけで、特に苦労はしなかった。

第5章:ヤフーブログ終焉と、退路を断った「詳細版」への決意

新種の探し方、ブログの書き方など、今とあまり変わらない形が確立されてからは、水活動が睡眠・食事・お風呂の時間・仕事と同じように、生活に組み込まれている当たり前の事になり、特別な事をやっていると言う感覚さえなくなっていった。

到達できるかな・・・難しいかもなぁ・・・と言う感じの夢物語だった1000種をあっさり超えていき、想像すらしていなかった2000種到達も特に苦労が無かった。流石に3000は・・・と思っていたが、シリカ水・炭酸水・オリジナルミネラルウォーターの存在が、達成までの道のりを短くしていった。

業界再編が進み、個性的な製品、例えばペットボトルに手作り感あふれるシールラベルをはった、狭い地域でしか売られていない製品や、大手企業が関わっていない製品が少なくなったのを強く感じる。仕方のない事ではあるが、それが残念に思えてしかたない。

話は少し変わるが、2500種を過ぎたあたりだったろうか、恐らく2019年のまだ寒い時期だったと思う。ヤフーブログがサービスを終了すると言うアナウンスがあった。それまで無料ブログスペースがサービスをやめたら「ミネラルウォーター大全はどうなるのだろう・・・」という漠然とした不安は抱えていたが、その時にそれが確かな形になった。

何とかしなければ・・・

ただ、その時の私には有料でブログを運営すると言う形が難しいものに見え、なかなか決断する事が出来なかった。ワードプレスの始め方も、サーバーの借り方もわからなかったし、そう言う事に気を取られるのが嫌だったこともあり、考えなければならないのだが、考えないように逃げていた。

しかし、2019年末にヤフーブログが遂に終焉を迎え、その時にワードプレスで新ブログを立ち上げる事を決断した。それがこの『ミネラルウォーター大全 詳細版』である。

全く違うブログ名にしようかとも考えたが、「ミネラルウォーター大全がサービス終了で消滅しても、ショックが小さく済むレベルにまで育てるぞ!」という決意のもと、設定に悪戦苦闘しながらブログ運営を始めた。

ミネラルウォーター大全と全く同じでは面白くない。とにかくわかり易く画像を増やす事を最優先にした。ラベルの全面とキャップ・ペットボトル底を見せる事で、ブログ読者もいろいろわかる事があるだろうし、私自身後日製品情報を確認したい時に、自分のブログが一番役立つ形に仕上げたかった。

だが、意外に難しい。人間は欲深い生き物で、始めてしまえばあれもこれもと思つい浮かぶ事が多く、思いの全てを反映させればごちゃごちゃになってしまう。結局あれこれ削ぎ落しながら、2〜3年かけて少しずつスタイルを変え、現在の形に落ち着いた。

最終章:2026年、1,100種リライトへの大いなる挑戦

本家と並行する形で新種をどんどん紹介していき、気が付けば現在までに約1,100種の製品を紹介している。1100という数字は他の人にとってみればおそらくかなり困難な数字なのだろうけど、既に入手方法を確立している私にとっては、時間さえあれば造作の無い事で、単なる通過点でしかない。

そして2026年に入り、意識改革が始まった。

今まではただただ製品を紹介する、読みたい人だけ読んでくれたら満足だったが、蓄積したデータや画像が「誰も持っていない財産」だと気づき、それをもっと見てもらう事で、皆の役に立つ事、更に言えば私の収益にも繋がれば、更なる水活動の資金にできると考えた。

だから、1,100種のリライト作業を始める事を決めた。

1100もの記事を書き直すなんて面倒な事だと考える人が多いだろう。確かにそうだ。新しく記事を1100書く方が楽なのでは?と思う位に。

それでもやる。

毎日数記事を書き直し、1年以内に全て今までよりも見てもらえる形にする。過去の記事を読み返し、書き直す際にあれこれ調べ直す事によって、知識の上書きが出来るかもしれないし、忘れてしまっていたことを思い出すかもしれない。より水に詳しくなるチャンスだと思えば、その作業も楽しくなるだろう。

「静かに、淡々と、執拗に、呆れられるレベルで。」

これからもミネラルウォーター大全と、ミネラルウォーター大全 詳細版をよろしくお願いいたします。

まだまだ・・・というか、死んだり重病に罹ったりしない限り、もしくは赤貧状態になりサーバー代が払えなくなったりしない限りは、水活動が一生続いていくと思いますが、精度を欠いた活動にならないよう、しっかり前を向いて歩んでいきたいと思います。そして今までいろいろな形で支援してくださった方々にもここで感謝を伝えたいと思います。

支えていただいている実感がある事が、前進する力を生んでいます。本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

参考リンク

21年以上の活動実績があり、
3400種以上のミネラルウォーター・水製品を紹介しているサイトです。

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